G-75DH3GZ7WH AGE-原罪-第九話 - 無料小説漫画 フルムーン

AGE-原罪-第九話

AGE-原罪

「私の息子、養子にならないか?私に、この国のために、君の力を貸してほしいのだ!」

バルドー陸軍大臣スグル=ムラサメのこの言葉を、傷だらけの少年が理解するのはあまりにも難解だったが、要するに彼の持つ”神技”をもって、戦闘機パイロットとして国に尽くしてほしいということだった。

「君の名前を教えてくれないか。」

「…………。」

スグルの問いに、少年は答えられなかった。物心ついた頃から地を這い、泥水をすすり生きてきたこの少年に、そもそも名前など分からないし誰かに呼ばれることも、また必要とすることも皆無であった。

「シゲハル、シゲハル=ムラサメ。それが君の名前だ!そして今日から君はこの私、バルドー陸軍大臣スグル=ムラサメの息子だ!」

後に第一次大戦の大空の戦いにおいて、大いにその名を馳せることになるバルドー海軍エースパイロット、シゲハル=ムラサメが誕生した瞬間であった。それから時を経たずして彼は、海軍飛行訓練生となりすぐさま戦線に投入、めきめきと頭角を現し数多の戦功をあげていった。第一次大戦の空の戦場に君臨した彼の、その力は襲い来る大いなる敵戦闘機の山を抜き、その気迫は世界を完全に蓋った。”たたき上げ”そんな言葉があるが、この男を表するにはそんな言葉は到底生ぬるすぎる。そして時間、空間、過去、未来、この男ほどそんなことには目もくれず、今現在のこの一瞬を、全力で死に物狂いに命を燃やし、駆け抜けた男はいない。彼の愛用戦闘機、燃える闘魂”ファイヤースピリット”で、自身が奪った数々の命の先に、彼自身もまた、自らの肉体と精神に血と鉄の掟を課した。

彼ほどに今現在目の前に広がるこの一瞬に、命を懸けて生きることに執念を燃やすものなどいなかった。この男にとって重要なのは目の前の現実に如何にして、ほとばしる情熱と命の炎を鮮烈にたぎらせるかであり、過去も未来も一切関係なかった。時に悲しみの滲んだ血の涙を流し、破滅と破壊をもって自身の魂を跡形もなく決壊させ、その一瞬一瞬を徹底的に生き抜いてきた。そんな彼はいつしか、人呼んで”神のごとき”とまで評されるに至り、彼自身も戦闘機パイロットとして生き抜くことに、最高の誇りを持つようになっていった。かくしてそういった幾千もの積み重ねの結果、このシゲハル=ムラサメは第一次大戦において、燦然と輝く栄光を極めたのであった。

ここで養父スグル=ムラサメは陸軍大臣であるのに、その息子のシゲハルが、なぜ海軍の戦闘機パイロットになったのかを少々補足しておこう。当時、彼らの母国バルドーは協商陣営(アンタント)の中心国として、ドゥーシェを盟主国とする同盟陣営(アライアンス)と第一次世界大戦の中、熾烈な戦火を交えていた。戦況は殊に海の戦いにおいては戦艦にかわり、戦闘機をはじめとする航空戦力を主力に戦線を展開していたドゥーシェ(同盟陣営)が、バルドー(協商陣営)を圧倒していた。そんな状況下において、バルドーはドゥーシェに対抗するべく、航空戦力の強化と充実を図っている最中であり、特に海軍はドゥーシェを代表する戦闘機エースパイロット、大空の覇者ジャンジャック=スオウをはじめ、同盟陣営の優秀なパイロットたちに対抗し得る、新たな人材の育成に日夜、血眼になっていた。

スグルはもともと陸軍将官、現役軍人の経歴を経て陸軍を退役。その後バルドーの決まりに沿って、しばらくの時間をおいてから政界に進出、陸軍大臣となった。現役軍人を退いて日が久しいので、陸軍内での人脈は希薄になっていたが、元陸軍将官だったキャリアを活かしなんとか陸軍を、その名目トップの立場から統括していたのだが、海軍には影響力や人脈、パイプなどは皆無に等しい。そこで海軍が優秀なパイロットを喉から手が出るほど欲しがっているこの時勢に、神童シゲハルを送り込み、海軍首脳に恩を売るかたちで、海軍内に人脈やパイプを作り、スグル自身の影響力を強めようとしていた。後に陸軍相から実質バルドーのトップになることを見据えた、彼の政治家としての戦略布石だったのである。

そして、スグルは息子シゲハルにもう一つの期待を寄せていた。即ち戦時下において、日々権力を強めていく軍への牽制、父親のスグルは陸軍、息子のシゲハルには、海軍のその役割を担わせようとしたのである。

(シゲハル、聡明なこの子なら、海軍の暴走を止める一助になってくれるかもしれない……。)

父親の様々な期待を背負い、日々戦場をくぐり抜けたシゲハルだったが、やがてスグルが国のトップ、バルドーの総理大臣になった時、陸海軍首脳をまとめ上げ19年にも及ぶ第一次大戦を終結、協商陣営(アンタント)を勝利に導いた。つかの間のあいだ世界に平和が訪れたが、その平和はたったの2年で終焉をむかえ、世界は再び地獄の戦禍に突き落とされることになった。即ち第二次世界大戦の始まりである。

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