脱走兵となったシゲハルを追撃するために、バルドーから数十もの戦闘機が山となって押し寄せてきた。最新鋭機”100万ボルト”であるが、それらの機銃から一斉に弾丸が発射された。機銃だけではない、爆弾まで容赦なくぶち込まれ、火災旋風が巻き起こり、たちまちシゲハル搭乗機を覆いつくし、あたり一面は火の海と化した。かろうじて、それらの攻撃をよけまくっているシゲハルだが、操縦桿を握る手に力が入らない。この先を照らす灯が、どうしても見いだせないのである。いっそ父のもとへ、そう思い目下に広がる、海の藻屑に消えようとした時、その脳裏に一人の男が浮かび上がった。
彼は”蒼き狼”と呼ばれ、第一次大戦の大空を駆け抜け、第二次大戦が始まった今でも、シゲハルが知る限り、最強の戦闘機パイロットとして君臨している男である。無用な殺戮や、戦争など絶対に望まないシゲハルだが、その信条と相反する感情がふつふつと沸き起こってきた。やはりこの男は、戦争の時代の申し子であり、職業軍人であり、戦闘機パイロットなのである。戦闘機パイロットとして生きることが、最高の誇りなのだ。
(この先、何が待ち受けているのか、何に苦しみ何に苛まれるのか、皆目見当もつかない。ただ、まだ飛べる、まだ戦える、まだ、命を燃やせる!!)
操縦桿を握る手に一気に力が入った。弾薬も燃料も残り少ない、生き残る方法はただ一つ、全速前進、エンジン出力全開、一目散に突破するのみ。視界を取り巻く炎の渦を、目にも止まらぬ速さで駆け抜けた。それを追い、四方八方から機銃と爆弾の嵐が襲い掛かってきた。右も左も分からない、この上ない、果てしない絶望の淵を生き残るには、もはや諦めないことしかなかった。
(ジャンジャック=スオウ……この男に勝ちたい!!)
その信念だけが頼りだった。コックピットには機銃がぶち込まれ、あらゆる機器は粉砕し、破片が飛び散った。血が噴射した頭は、ぶち割れる寸前だ。意識は朦朧とし始め、もはや視界に何も捉えることができない。それでも決してこの男は、命の炎を燃やし続けることを諦めない。”ファイヤースピリット(燃える闘魂)”は、凄まじい速さの弾丸と化し、極限の修羅場を駆け抜けていった。
(生きたい!!)
この無間地獄の、紅蓮の炎の渦をくぐり抜け、どうしても、どうしてもこの手で掴みたかった。蒼き狼を墜とし、真の空の王者、真の戦闘機エースパイロットとしての栄光を。
「ズドーン!!」
とうとう、ファイヤースピリットの右翼と胴体は被弾、黒煙を伴い火だるまとなって、海中に墜落していった。シゲハル=ムラサメ機の撃墜完了、そう判断した戦闘機群は、バルドーに帰還していった。