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ヒエンが最近おかしい……….。
なんだか以前と違い、輝くその瞳はハイライトをすっかりなくし、どこまでも底なしの深く深く澄んだ湖のようだった。その湖に石を投ずるとしたら、その水面には規則正しい波紋が広がり、投じられた石はどこまでもどこまでも果てしなく沈んでいくだけで、決してそこから新たな琴線を返すことも奏でることもない。以前はふとした瞬間に、悲しみに触れふさぎこんだり、かくれて涙を流していることもあったのに、そういった感情の起伏がおこったり、そもそもそれらが現れることがまずなくなった。
いつも唇には微笑をたたえ、深く澄んだ瞳は、視点が焦点に集まることもなく、常に遠くを見ているような様相を呈していた。
「お兄ちゃん、好きよ、大好き……..。」
ヒスイを呼ぶ以外、あまり言葉は発せられなくなった。発したとしても、なぜか幼い子供のよう….。一日中森の小鳥たちと遊び、草花を愛で、それらすべてを慈しみ微笑んでいるだけだった。
「ヒエン、この洞窟に長いこと居座っているからな、ハインの追手が来る可能性もある。そろそろ違う場所へ行こう。」
ヒスイはいまだ逃げ延びるか、自分の命と引き換えに彼女をハインに引き渡すか懊悩していたが、はっきりと答えを出すまでは、逃げ延びる決意をしたのである。ところが彼女はそんな兄の話を聞いてもキョトンとしている。
「お兄ちゃん、ハインって誰………?」
「……………….!!!!!」
ヒスイはその胸からみぞおちにかけて、鋭い衝撃が走った。
ヒエンは狂っている………….?
「ヒエンはお兄ちゃんしか分からないわ..。お友達は小鳥さんと森にいるかわいい動物たちと虫さんと..この世界は、お兄ちゃんとまぶしい太陽の光や空、優しい雨や風、美しい水や自然しかないのに。」
人間を捨て、永遠を受け入れた代わりに、ヒエンの世界から一切の悲しみや苦しみ、その記憶がなくなった。そのうえで最愛の兄を永遠に愛することができるようになったのではあるが……..。死神が変えた運命の輪によって、ヒエンはもう永久に、以前の彼女には戻れないし、人間界にも戻れない。