「私の息子、養子にならないか?私に、この国のために、君の力を貸してほしいのだ!」
バルドー陸軍大臣、スグル=ムラサメのこの言葉を、傷だらけの少年が理解するのは、あまりにも難解だったが、要するに、彼の持つ”神技”をもって、戦闘機パイロットとして、国に尽くしてほしいということだった。
「君の名前を教えてくれないか。」
「…………。」
スグルの問いに、少年は答えられなかった。物心ついた頃から、地を這い、泥水をすすり、生きてきたこの少年に、そもそも名前など分からないし、誰かに呼ばれることも、また必要とすることも、皆無であった。
「シゲハル、シゲハル=ムラサメ。それが君の名前だ!そして今日から君は、この私、バルドー陸軍大臣、スグル=ムラサメの息子だ!」
後に、第一次大戦の、大空の戦いにおいて、大いにその名を馳せることになる、バルドー海軍、エースパイロット、シゲハル=ムラサメが誕生した瞬間であった。それから時を経たずして、、彼は、海軍飛行訓練生となり、すぐさま戦線に投入、めきめきと頭角を現し、数多の戦功をあげていった。第一次大戦の、空の戦場に君臨した彼の、その力は、襲い来る、大いなる敵戦闘機の山を抜き、その気迫は、世界を完全に蓋った。”たたき上げ”そんな言葉があるが、この男を表するにそんな言葉は、到底生ぬるすぎる。そして、時間、空間、過去、未来、この男ほど、そんなことには目もくれず、今現在のこの一瞬を、全力で、死に物狂いに命を燃やし、駆け抜けた男はいない。彼の愛用戦闘機、燃える闘魂”ファイヤースピリット”で、自身が奪った、数々の命の先に、彼自身もまた、自らの肉体と精神に、血と鉄の掟を課した。
彼ほどに、今現在、目の前に広がるこの一瞬に、命を懸けて生きることに、執念を燃やすものなどいなかった。この男にとって重要なのは、目の前の現実に如何にして、ほとばしる情熱と、命の炎を鮮烈に、たぎらせるかであり、過去も未来も一切関係なかった。時に悲しみの滲んだ血の涙を流し、破滅と破壊をもって自身の魂を跡形もなく決壊させ、その一瞬一瞬を徹底的に生き抜いてきた。そんな彼はいつしか、人呼んで”神のごとき”とまで評されるに至り、彼自身も戦闘機パイロットとして生き抜くことに、最高の誇りを持つようになっていった。かくしてそういった幾千もの積み重ねの結果、このシゲハル=ムラサメは第一次大戦において、燦然と輝く栄光を極めたのであった。
ここで養父、スグル=ムラサメは、陸軍大臣であるのに、その息子のシゲハルが、なぜ海軍の、戦闘機パイロットになったのかを、少々補足しておこう。当時、彼らの母国バルドーは、協商陣営(アンタント)の中心国として、ドゥーシェを盟主国とする、同盟陣営(アライアンス)と、第一次世界大戦の中、熾烈な戦火を交えていた。戦況は殊に、海の戦いにおいては、戦艦にかわり、戦闘機をはじめとする、航空戦力を主力に、戦線を展開していた、ドゥーシェ(同盟陣営)が、バルドー(協商陣営)を圧倒していた。そんな状況下において、バルドーは、ドゥーシェに対抗するべく、航空戦力の強化と、充実を図っている最中であり、特に海軍はドゥーシェを代表する、戦闘機エースパイロット、大空の覇者ジャンジャック=スオウをはじめ、同盟陣営の、優秀なパイロットたちに対抗し得る、新たな人材の育成に、日夜、血眼になっていた。
スグルはもともと、陸軍将官、現役軍人の経歴を経て、政界に進出、陸軍大臣となった。元陸軍将官だったキャリアを活かし、なんとか陸軍を、大臣という名目トップの立場から、統括に成功した。しかし、海軍には、影響力や人脈、パイプなどは皆無に等しい。そこで海軍が、優秀なパイロットを、喉から手が出るほど欲しがっているこの時勢に、神童シゲハルを送り込み、海軍首脳に、恩を売るかたちで、海軍内に人脈やパイプを作り、スグル自身の影響力を、強めようとしていた。後に陸軍相から実質、バルドーのトップになることを見据えた、彼の政治家としての、戦略、布石だったのである。
そして、スグルは息子シゲハルに、もう一つの期待を寄せていた。即ち、戦時下において、日々権力を強めていく軍への牽制、父親のスグルは陸軍、息子のシゲハルには、海軍の、その役割を担わせようとしたのである。
(シゲハル、聡明なこの子なら、海軍の暴走を止める、一助になってくれるかもしれない……。)
父親の様々な期待を背負い、日々戦場をくぐり抜けたシゲハルだったが、やがてスグルが国のトップ、バルドーの総理大臣になった時、陸海軍首脳をまとめ上げ19年にも及ぶ第一次大戦を終結、協商陣営(アンタント)を勝利に導いた。つかの間のあいだ世界に平和が訪れたが、その平和はたったの2年で終焉をむかえ、世界は再び地獄の戦禍に突き落とされることになった。即ち第二次世界大戦の始まりである。
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