「なんで?どうして……なんだよ!どうしてなんだよナターシャ!!どうしてこの僕を、引き留めてくれないんだ!?君は、君はそれでいいのか!?僕は、僕は…..こんなにも君が好きなのに、僕は、君にとって何なんだよ!?どうして僕を必要としない!!どうして、どうして僕を愛してくれない!?」
ナターシャの前で見せた、理性も恥じらいも意地も、この瞬間に全てが跡形もなく決壊した。スカーレットの、いや、ハガネの叫びとともに、その紅の両瞳から涙が噴き出した。ナターシャだけじゃない、Z4、あの男性も自分など必要としてくれない。こんなにも愛して、自分自身の心も身体も全てを破壊しつくして、全身を血みどろにしているのに、どうして自分は愛されないのか?ナターシャからも、そして、Z4からも。悔しくて悔しくて、唇を切り裂かんばかりに激しく歯ぎしりをする。口から血反吐をはき、身体を、髪を爪で鋭く搔きむしった。一番愛してほしいひとから必要とされず、愛されない。自分という存在が、自分のすべてが憎くて憎くてたまらなかった。
「僕だからか!?僕だから、愛されないのか!?僕だから……..愛される資格が無いのか!?畜生が!!畜生、畜生、畜生畜生……….。」
あらん限りの力で、両手のこぶしで膝を打った。心が切り裂かれ、もはや自身への激しい憎悪と、嗚咽にまみれた、たとえようのない嫌悪からハガネは、そしてスカーレットは、自分のいくつかの爪を噛みちぎった。細く白い可憐な指から、狂乱にまみれた血しぶきがあたり一面に飛び散った。痛々しいまでに張り裂けた心から、あふれ出した血の涙が、彼女の全身を覆った。そのあまりに壮絶な、翼をもぎとられた天使に、スタッフ一同は青ざめ驚愕した。ハガネは自分自身を、容赦なく切り裂き殺す。役一つを完全に演じるためなら、愛する男性のためなら、己を徹底的に堕とし破壊することを厭わない、清純と修羅、狂気を持ち合わせた女優なのだ。このままでは本当にスカーレットは死んでしまう。そう判断したスタッフたちによって、撮影は中断を余儀なくされた。しかしこのシーンは、映画「スカーレットラブソング」で多く使われ、皮肉にも、映画史に燦然と輝く名シーンとなって、長く語り継がれることになった。
スタッフの懸命な処置により、ハガネの手当てが終わり、あの血みどろシーンから後の撮影が始まった、即ちスカーレットの旅立ちの朝だ。都市へ向かう、大きな船に乗って旅立っていくスカーレットを、ナターシャは見送りに来た。二人はまともに顔を見ることも、話すこともできなかった。時間なんて、いっそ止まってしまえばいいのに、そう願う二人の心と裏腹に、出発の汽笛が高らかと鳴った。スカーレットは痛々しい傷とともに、船に向かった。悲しみで、彼女の耳には何の音も聞こえない。でもまさに、船に乗り込もうとした瞬間、スカーレットの脳裏には、ナターシャの笑顔が、そしてハガネの脳裏には、Z4が浮かび上がった。
スカーレットは振り返り、全速力でタラップを駆け下りた。