長細い先端が天を鋭く突く、そんな岩礁がいくつもそびえ立ち、赤の斜陽を受け、あたり一面を美しい朱色に染められた海岸、即ちここは、Z4のプライベートビーチである。彼とのメールの返信が途切れ、居てもたってもいられずハガネは、忙しいスケジュールのあいまに、その場所へ、Z4を尋ねてやってきた。幸いなことに、断崖を背に、赤い光を受けて、海風に吹かれていた彼に出会うことができた。そのいつもと変わらぬ出で立ちを目の当たりにして、ハガネはやっと安心して、ほっと一息つくことができた。そして足早に、Z4のもとに駆け寄っていった。
「私は、あなたの心に入りすぎてしまったのでしょうか?どうか気を悪くしないでください。私は、あなたのことを、何一つ知らないのがあまりにもどかしくて、ずいぶん無茶をしてしまったと思っています。でも私の本心は、あなたのそばにいたくて、あなたのそばにおいてほしかっただけなのです。それ以上の願いなんてありません。だからどうか、私を拒まないでください、私から離れていかないでください。」
ハガネは仕事に集中している時だけ、Z4、彼に関するあらゆる雑念を取り払うことができた。でもそのタイトな緊張が切れてしまった瞬間、どこからともなく、大きな闇と底知れない不安が、彼女の心を蝕んでくる。今こうしているあいだにも、Z4が何をして、何を考えているのか、誰と一緒にいて、誰のことを考えているのか、彼女には皆目見当もつかない。出会ってから、かなりの時間が経ち、何度も会っているのにも関わらず、その悩みは一向にマシになることはない。それどころかこの男性に、触れれば触れるほど、抱きしめれば抱きしめるほど、口づければ口づけるほど、その闇はますます濃くなっていく。さらにそんな状況下でさえ、何もできない自分に彼女は、我慢ならないほどの歯がゆさを感じていたのだ。
「Z4、あなたに会いたい。」
何度もそんなメールを送ったのだが、いっこうに返信が来ない、そもそもそのメールを読んでいるのかさえ、きわめて謎である。この出口のまるで見えない、狂おしいほどの苦しみは、”大いなる暗黒”、そう形容しても過言ではない、”この世の支配者”とも目されるZ4、その存在を愛してしまったがゆえの、逃れられない宿命なのかもしれない。それでもハガネは、彼を手放すことなんて、絶対にできないのである。
一方、Z4についていえば、メール一つのことにしても、彼の本心は、ハガネが考えている理由とは、大いに違っていた。ハガネが知りたくてたまらない、”ゴースト”とも”ファントム”とも噂される、彼の”正体”は、彼女の考えに及ばないほどに、恐ろしいものであることを、彼は痛いほどよく自覚していた。一目その姿を見れば、誰もが振り返らずにはいられないほど、スクリーンにおいても舞台においても、光り輝くほどに美しいハガネに対し、その正反対とも言える自分が、どう接しろというのか?友人のレオポルドに相談しようものなら、どうせ完膚なきまでにバカにされ、おまけに、涙まで流して笑われるに決まっているし。その問題は、彼の頭脳をフル回転させても、決して有効な”解”が見出せない、もはやお手上げ状態の難問なのである。”世界秩序の番人”と、世の中から仰ぎ見られる彼だが、、誰にもさらけ出せない、かと言って、決して逃れることのできない”自分自身の真の姿”に対し、一人の女性を前にして、大いなる闇を抱え苦悩する、一人の人間として、そんな不器用さを併せ持つのも、このZ4という男なのである。
「…………。」
相変わらず、真剣な問いに対し、押し黙ってしまうZ4に対し、ハガネもこれ以上何も言えなくなってしまった。出会った時から、二人の間に立ちはだかる”沈黙の見えない壁”、その厚い見えないベールに隔てられた二人の距離は、例えることができないほどに、果てしなく遠い。彼女にとって、それがなんとも言えず、とても痛い。
「今日はもう帰ります。だけどどうか、たまには、私と会ってください。それではまた….。」
そう言い残し、最後に一度だけ、Z4の口びるにキスをすると、ハガネは駆け足で去っていった。この二人を照らし出す夕陽は、いつも目を見張るほど、鮮明に真っ赤である。彼らにはどうすることもできず、絶え間なく回り続ける”運命の輪”の中で、やがて、ほとばしる真っ赤な血に染まる、二人のこの先を、寸分の狂いもなく予見しているかのようである。