ドゥーシェより海を隔てて、東方へ数千km離れた同盟陣営の国”ヤダン”。ヤダン本国より南へ海を越え、数百km離れた海域に位置する、離島”サローム”。この島において、現在本国への敵の侵攻を防ぐ、最後の防波堤として、サローム軍はアンタント陣営連合軍と、熾烈を極めた地上戦を展開していた。ドゥーシェの戦争捕虜になり、少年兵としてサロームに送り込まれたカズキ=キサラギは、現在1000人規模の歩兵部隊の一員として、密林の道なき道を行軍中であった。目指すは、サロームのちょうど中心部に置かれた、防衛、攻撃拠点の中枢、”サリ司令部”である。酷暑の中、弾薬などの、司令部への補給物資を背負っての行軍は、飢えと渇きで本当に苦しいものであった。先ほどこの歩兵部隊は、アンタント陣営の敵軍に急襲されたばかりで、その襲撃から逃れて、ジャングルの中を進軍中であるのだが、敵に執拗に追撃されることもなく、しばらくは、何の音沙汰も障害もなく、歩を進めることができている状況であった。そのため、歩兵の誰もがその状況に、違和感を持ち始めていた。
(なんだかおかしい、このまま進んで、はたして本当に大丈夫なのだろうか?)
兵士として素人同然のカズキですら、この大きな疑念を払拭できずにいたのだが、それでも一行は、サリ司令部を目指し、ひたすらジャングルの山道を進軍する他はなかった。その直後、彼らの不安は見事に的中することになる。突如ジャングルから抜け出たかと思うと、歩兵部隊の行く先は、高々とそびえたつ断崖絶壁に遮られ、進む一本道は左右と進行方向が、その崖に完全に覆われている。そしてその高位置の高台の三方向に、敵軍の砲撃部隊が悠々と待ち構え、カズキたち歩兵部隊に向けて、一斉に砲撃を開始した。歩兵部隊は、完全に待ち伏せされ、この不利な”蟻地獄”におびき寄せられたのだった。
(しまった、完全にはめられた!!)
反撃できない、登れない、逃げられない。敵陣営の上からの機銃掃射と迫撃砲の凄まじいクロス十字攻撃に、歩兵部隊は大混乱。一斉に反対方向の、ジャングルに向かって撤退を開始した。部隊後方にいたカズキには、何が起こっているのかよく見えない。ただ前方を歩いていた兵士たちが、一目散にもと来た道へ向かって逃げているので、彼らと同じように、撤退を始めた。敵の攻撃は、カズキたちが逃げ惑う密林の中まで、容赦なく及んだ。この離島サロームの至る所で、こんな地獄の地上戦が、いくつも繰り広げられていた。サローム軍は島のあちこちの高台に、司令部をおいていたのだが、それらの場所、即ち見晴らしの良さなど、軍事的な有用性のある土地は、それらを手に入れるため、サローム軍、アンタント連合軍、両陣営の凄まじい攻防戦が、繰り広げられていた。戦闘の規模は、広範囲に及ぶものや、たった数百m四方の、小高い丘の周辺など様々だ。実はサローム軍は、同じく同盟陣営の盟主国、ドゥーシェから、潤沢な武器の支援や援護を受けているわけではなかった。ドゥーシェにとって、遠く離れたこの島は、戦略の上で、それほど重要視されなかったからである。そのためサローム軍の主力は、極めて旧式の、、速射砲や火器兵力が中心であり、物量豊富で技術力の高い、アンタント連合軍の、最新兵器である戦車や、灼熱の炎を吹噴き出す火炎放射器の前には、圧倒的に劣勢であった。
それでもサローム軍は、軍人、民間人総動員のもと、組織的に強固な防衛戦を、懸命に続けていた。それは、間違いなく、名もなき優秀なすばらしい兵士たちが、確かに存在していたからこそ、実現できたわけである。それは、彼らにとって敵の立場である、アンタント連合軍にも、間違いなく同じことが言えた、そして彼らはみんな、自分の国のため、愛する人や家族、友人のために死んでいった。しかしその戦場の実態は、誰が、何の目的のために始めたのか、最前線にいる兵士たち本人ですら、わけの分からないままに戦禍に駆り出され、破壊と殺戮が繰り返されるという現実である。そしてその戦いの担い手は、決して悪人などではない、間違いなく、”普通の人間たち”なのである。こんな戦争の時代でなければ、絶対に犯罪など犯すことのないような、まさに普通の人間たちが、戦争になれば戦場に駆り出され、人間を殺す。ある一人の、アンタント陣営の兵士が銃を構え、ジャングルを逃げ惑う、サローム軍の兵士たちを追いかけていた。そして密林を走りまわるうちに、小さな洞窟を見つけた。洞窟には小さな穴、即ち通気口があった。その穴に銃口を入れ、一気に引き金を引いて銃弾を乱射した。
「ドンドンドン!!」
乾いた銃声が響きわたった後、アンタント連合軍の兵士は、通気口を覗き込んだ。洞窟の中に隠れていた何人かの、サローム軍の兵士たちが、血みどろになって死んでいた。彼らを殺したアンタント連合軍の兵士は、間違いなく普通の人間なのだ。そして息絶えたサローム軍の兵士たち、彼らも間違いなく、普通の人間たちなのである。
手榴弾や迫撃砲、ありとあらゆる弾丸、砲弾の火の手が容赦なく炸裂し、たくさんのサローム軍の兵士たちは、そのあたり一面に飛び散った破片の餌食になった。ひどい傷を負い、バタバタと命を落としていったのである。そんな惨状の密林の中を、カズキは重い荷物を背負って逃げ回っていた。とうとう彼の近くに、大きな弾道を描いて落下してきた、迫撃砲が直撃して、その衝撃で吹き飛ばされてしまった。その直後、凄まじい爆音が響きわたり、その一帯を震撼させた。敵の戦艦の砲撃や、揚陸艦のロケット砲が、近くに直撃したのか?いや、そんな艦砲射撃をまともにくらったら、おそらく骨すら残らない、近くに手榴弾などがぶちあたり、炸裂したのだろう。そんなことを考え、カズキはなおも匍匐前進を続け、サリ司令部を目指した。
しかし、なおも砲弾が四方八方から襲い掛かってくる。再三の凄まじい爆音に、カズキは思わず、とうとう頭をあげてしまった。その時だった、どこからともなく、大きな手が伸びてきて、カズキの後頭部を、かぶっていたヘルメットごと、わしづかみにして、そのまま地面に押さえつけた。とにかく痛い、とくに鼻が。
「バカヤロー!!砲弾が吹っ飛びまくってる戦場で、不用意に頭をあげるな、ぶち抜かれるぞ!!」
カズキに怒号をあびせたその男こそ、目指していたサリ司令部の司令官、シマノ=アキラであった。彼の誘導で幸運にも、カズキは何とかサリ司令部にたどり着いたのだった。