第一次世界大戦終戦から2年、世界は再び戦禍に覆いつくされることになった。即ち第二次世界大戦の始まりである。その勃発の経緯について記しておこう。一次大戦は、バルドーを中心とするアンタント(協商)陣営が、ドゥーシェを盟主国とするアライアンス(同盟)陣営を下し、勝利することとなった。戦後処理として、ドゥーシェは多くの海外植民地を失い、本国も大きく分断、東側領域は中立国セクターとして、ドゥーシェから分離独立を宣言した。そのセクターに、各国と交わした条約を無視して、一次大戦終了から2年後、ドゥーシェ軍が侵攻。そのためバルドーはセクターを支持、ドゥーシェに宣戦布告した。それを契機に同盟が同盟を呼び、あるいは領土的野心に突き動かされた各国が、再びアンタント(協商)とアライアンス(同盟)の両陣営に分かれ、世界規模の大戦がはじまったのだ。
「お父さん!!」
シゲハルが血相を変えて息を切らし、養父であるバルドー首相、スグル=ムラサメのもとへ駆けつけた。ドゥーシェに宣戦布告したのは、紛れもなくムラサメ内閣であるため、その父に抗議するためである。それにはいくつかの理由があった。
一次大戦の敗戦国であるとはいえ、戦後ドゥーシェは、バルドーをはじめとするアンタント陣営の国々本位の、戦後新体制構築の中で、大幅に領土を縮小分断、多額の賠償金を課された。その過程でセクターは、中立国として独立したのだが、ドゥーシェに対するあまりにも手痛い仕打ちに、戦勝国の間でも同情の声が高まった。そこで時間をかけて徐々にではあるが、ドゥーシェが失った領土を回復していくのを、容認する機運が立ち込めている情勢下であった。
ドゥーシェの条約破棄におけるセクター侵攻は、確かに強引な行動ではあったが、ドゥーシェは東側に侵攻したのであって、その西側に位置するバルドー、およびバルドー海外植民地の利権を、脅かす脅威には全くなっていない。よってこの時点で、バルドーがドゥーシェに宣戦布告し、世界中を戦争に巻き込む理由は無かったのである。
「お父さん、なぜ、宣戦布告などしたのですか?ドゥーシェのセクター侵攻は、今の段階では、わが国バルドーと、その海外植民地の脅威にはなっていない。まずは厳重抗議と、戦争回避への交渉の余地は十分にある旨を、外務省を通してドゥーシェに通告するべきなのに!侵攻されたのは気の毒な話ではあるが、利害関係の浅いセクターの肩を持ち、なぜ、何より誰よりも平和を愛するあなたが、また世界を大きな戦争に巻き込まなければならないのですか!?」
肩を落としうなだれる父に、シゲハルは詰め寄った。
「仕方ないのだ!あの、あの方がそうしろと言ってきたのだ!即ちこの世の支配者、ジークリード2nd(以下Z2と表記)が、ドゥーシェ軍と結託して事を起こしたのだ!奴らは戦争を望んだ、だから、私はそれに応じるしかないのだ。私など、今までしてきたことなど、何の効力もないのだ!!」
スグルは断末魔の雄叫びをあげた。Z2、その名はもちろんシゲハルも知っていた。全ては軍事、政治、経済の情報を統括、掌握するこの世の支配者である、Z2が巻き起こした戦争なのだ。かつて19年に及んだ一次大戦を、終戦に導いた希代の政治家でさえ、Z2はどうすることもできない時代の怪物なのだ。絶望に打ちひしがれた父を見ていられず、シゲハルは部屋を出た。
「バン!!」
部屋の中から凄まじい銃声が聞こえた。
「お父さん!!」
シゲハルがもう一度部屋に入った時に見たものは、父の変わり果てた姿であった。バルドー首相スグル=ムラサメは、二次大戦を防げなかった自責の念に堪えかね、自らの命を絶った。ただひたすらに平和を求め、歩んだ道のりの中で、数えきれないほど自分の心を押し殺し、どんな苦境も辛酸も耐え抜いてきた、毀誉褒貶の政治家であった。
「……………お父さん、もうゆっくりおやすみなさい、もう決して、苦しまなくていいのですよ、どうか、安らかに……。」
長々と悲しむ間もなく、シゲハルは急ぎZ2のいるプライベート空母へ向かった。そこで一人の背広の男が彼を出迎えた。
「あれ、君は確か、バルドー首相の息子、戦闘機パイロットのシゲハル、シゲハル=ムラサメ君だっけ?」