今日から新作映画の撮影が始まる、タイトルは「SCARLET LOVESONG」。ハガネが演じるヒロインのスカーレットは、生まれながらの演劇の才能を持っていた。彼女は女性として生を受けたが、男性の心を持っているので、普段は少年のような服装を身にまとい、情熱を宿した紅く短い髪をたなびかせていた。それゆえ彼女は男でも、女でも何でも演じることができる、稀有な異彩を放つ演じ手だった。スカーレットには幼馴染の少女、ナターシャがいた。彼女はいつも、誰よりもそばでスカーレットを見守る、数少ない理解者であり、二人は友情を超えた強い絆で結ばれ、深い心で思いあっていた。そんな中スカーレットは、本気で役者を目指すため、ナターシャと住み慣れた故郷を離れ都市へ旅立つ決意をするが、彼女の心は悩み揺れ動いていた、そんな複雑な心境の、スカーレットとナターシャの友情の物語である。
ハガネはこのスカーレット役に、並々ならぬ思いをかけていた。スカーレットには、どうしても役者になるという、幼い頃からの夢があった。でもそれを叶えるためには故郷を離れ、大切な幼馴染であるナターシャをおいていかなければならない。夢への情熱を抱きながら耐え難い葛藤と別れを経験し、その中で、スカーレットはどう成長していくのか、なかなか難しい役柄である。けれどハガネは、このスカーレットを演じることを、心から望んだ。撮影開始前のあわただしいスタジオの中で、彼女は何度もスカーレットを頭の中に思い描いた。隣に、共演者でナターシャ役のヒミカ=プライズがたたずんでいた。彼女はオーディションの末、たくさんの応募者の中から見事に役を勝ち取った新人女優である。初めての主演級の役柄での映画撮影を前に、顔面蒼白になってガチガチに緊張していた。そんな彼女の手を、ハガネは優しくとって語りかけた。
「私たち、本当にすごい確率で出会って、ナターシャとスカーレットを演じられる、それは最高の誇りだわ。大丈夫、何があっても私、あなたを全力で守るわ。だから、この役を演じたくても演じられなかった、たくさんの人たちの悲しい思いと、一緒に働いてくれる全ての人たちへの感謝をしっかり抱いて、みんなで素晴らしい映画を作りましょう。」
ヒミカは正直驚いた。本番前での打ち合わせでのハガネは、ひとり自身が演じるスカーレット役に集中していて、雑談などできる雰囲気ではなかったし、ほとんど目をあわせることもできなかった。それなのに本番を前に、こんなにも自分を励ましてくれるなんて、その言葉にヒミカは固唾をのんで、強くハガネの手を握り返し、深く頷いた。
以前のハガネは、他人に対して干渉したり、心を通わせたりなどほとんどしなかった。しかし最近の彼女は意識的に、まわりのスタッフや共演者たちに笑顔を向け、多くの感謝を伝えるようになった。一人の男性を心から愛し、鉄の女優や様々な人たちと出会い、仕事に本気で打ち込んでいく日々の中で、周りの人たちのおかげで今の自分があること、自分一人では何一つ成し遂げられなかったことに気づき、周囲への深い感謝と思いやりを強く持つようになっていったのだ。一人の人間として女性として、未熟な面もたくさんあるけれど、確実に成長を遂げてきたのである。
衣装に着替えて、さあ、いよいよ本番スタート。映画「SCARLET LOVESONG」テイクオフだ。