アライアンス(同盟)と、アンタント(協商)の、両陣営が、戦火を交える世界大戦の時代。
アライアンス陣営盟主国の、ドゥーシェ北東の海域を、同国戦闘機エースパイロット、ジャンジャック=スオウが、随伴する小型戦艦の護衛のため、彼の専用搭乗機”蒼き狼”で航行中であった。
ここでこの物語の主人公、ジャンジャック=スオウについて、供述しておこう。
20数年前に、アライアンスと、アンタント両陣営において巻き起こされた、第一次世界大戦戦火の最中、その卓越した手腕から、軍用航空機の中でも、戦闘機を戦争の主力にまで押し上げた、まさに第一人者といっても過言ではない男であった。スオウの生家は、石油、建設業、鉱山開発を生業とし、大いに隆盛を極める大金持ち、ジャンジャック家で、彼は末の三男坊である。彼自身は家業を継ぐことなく(これも詳細は後述することにする)、第一次大戦勃発前夜にドゥーシェ軍に入隊し、戦争がはじまると、数多の空戦をくぐりぬけてきた、この時年齢37歳の、歴戦のパイロットである。
月明りがなんともまばゆい、波の静かな夜であった。小型戦艦とスオウは、ドゥーシェ北東方向に、海を隔てた場所にある地域、”アラク地方”へ向けて航行中。このアラク地方は、もともと第一次大戦前までは、ドゥーシェ領であったが、一次大戦でドゥーシェ(アライアンス陣営)が敗北すると、ドゥーシェ本国から分断されてしまった。第二次大戦が勃発すると、アラク地方も、アライアンス陣営に加わり、参戦した。すなわち現在航行中のこの小型戦艦は、アラク地方援護と、戦力増強のため、現地へ移動中なのである。
(あきらかにおかしい…….。)
スオウは恐ろしいまでに、常に冷静沈着な男であるが、この時ばかりは胸中、メチャクチャに焦っていた。
スオウが護衛するこの小型戦艦は、一次大戦以前から使われている最新鋭とは程遠い、いわゆる”ボロ船”で、それを援護するのはほぼ、彼の戦闘機”蒼き狼”だけであり、本来戦艦の護衛にあたるはずの、駆逐艦や潜水艦も皆無であった。この任務について、海軍首脳は、この海域は、ドゥーシェが制海権を完全に握っているため、通常では”絶対にありえないこの手薄な態勢”でも、問題なしとの見解であった。
(こんな手薄な防御態勢、いや、そもそも、こんなの防御などとは言えない。海軍首脳の無茶ぶりなど、今に始まったことではないが、急にやばいレベルの数の、攻撃機が現れて、戦艦に魚雷をぶち込んできたら、ないし、駆逐艦もないのに、いきなり潜水艦が現れて、魚雷をぶち込んできたら….、戦闘機でどうしろという!?何の太刀打ちもできん…..すなわち、いっかんの終わりだ.。)
不安要素はまだある。この時スオウとチームを組んで、航行する戦闘機がもう一機、少年兵、カズキ=キサラギが搭乗する戦闘機、”ブリスター”である。カズキは年齢12、3歳。ドゥーシェ南西方向にある島国出身で、軍略上の観点から戦争に巻き込まれ、結果的に捕虜となって、ドゥーシェの戦闘機パイロットに補充されてしまった、世にも哀れな少年兵である。
この少年は、突貫工事的に、なけなしの訓練を受け、戦闘機をあてがわれて、本作戦が初めての任務として参加しているわけで、いわゆる使い物にならない。
この、世にも不幸な少年搭乗機”ブリスター”と、スオウ搭乗機”蒼き狼”、小型ボロ船戦艦の、これまた世にも奇妙な、前代未聞のきちがい作戦が遂行された経緯は、次のようであった。
数週間前、ドゥーシェ国王臨席のもと、政府閣僚、陸海軍の作戦、指揮を全面統括する、参謀本部、および軍令部の主要メンバーが参加する、最高国策機関、”軍部政府連絡相談会”に、スオウは席次末席(階級少佐。いわゆるメンバーの中で一番下っ端)で、作戦主席参謀の立場で参加した。そこで海軍首脳は、ドゥーシェ南方の、アンタント陣営殲滅と、資源を求めて、大々的な軍事作戦を立案し、その予算(軍事資金)を要求、通そうとしたのだが、スオウだけが、あまりにも現実を顧みない、無謀な作戦として反対。そのため、予算が下りなかった。
すなわち、海軍首脳が推し進める、大々的な作戦遂行の、完全に邪魔をした形になってしまった
スオウに対し、報復設置として、主席参謀の地位をはく奪、そのうえで、今回の嫌がらせ作戦を組まれ、ぶっこまれてしまったのが、本当の話である。
作戦の最中、あまりにも静かすぎるこの夜に、それは、嵐の前触れの静けさなのか、スオウの焦りはますます強くなった。
(こんな状況で、こんな時に、もし、アイツが来たら…….。)
スオウは、一人の一次大戦時に活躍した、バルドーの戦闘機、エースパイロットのことを思い浮かべた。その男は空気を切り裂き、艦砲吹きすさぶ弾丸の嵐を、ものともせず、彼の戦闘機”ファイヤースピリット”で、敵を容赦なく撃ち落としていった、恐ろしい”悪魔”である。直接対決したことも、面識もなかったが、その戦慄は、スオウの耳にも聞き及んでいた。
皮肉にも、彼の想像した悪夢は、この先現実のものとなる。”悪魔”その名はシゲハル=ムラサメの乗る”シューティングスター”が、目標”蒼き狼”を確認、高度を徐々に下げた。
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