G-75DH3GZ7WH SCARLET LOVESONG-暁の情熱 第六話 - 無料小説漫画 フルムーン

SCARLET LOVESONG-暁の情熱 第六話

SCARLET LOVESONG-暁の情熱

ハガネには日々、多くの仕事が舞い込んでくる。そんな数多ある仕事の中でも、彼女がどうしても演じたい役があった。それが今回公演が決まったミュージカル「アンケセナーメン王妃」である。彼女は数千年前、砂漠の国に君臨した王、ツタンカーメン王の妃である。

数千年前の砂漠の王国で王家は、神の祭祀を司る、特権階級である宗教勢力をはじめ、多くの勢力と対立関係にあった。権力争いの最中、ツタンカーメン王は若くして、敵対勢力に暗殺されてしまった(史実のツタンカーメン王の死については、諸説あるようだが、ここでは暗殺説を採用。それと歴史的事実をもとに、以下は筆者が創作したストーリーである)。

その上王家を快く思わない者たちによって、なんとこの悲劇の王ツタンカーメンは、その存在すらなかったかのように、御名をはじめ歴史の中から永久に、完全に消し去られようと画策されたのだった。そんな中で愛する夫が、紛れもなくこの歴史の中で、王として君臨した生きた証を、何が何でも守り抜こうとした奮闘した、強く美しくそして、優しき王妃、アンケセナーメンの物語である。

ハガネはその台本を見て、何度も涙を流した。

(こんなにも、こんなにも悲しくて、優しくて、そして美しいラブストーリーを、私はいまだかつて知らない。)

どうしてもこの王妃を自分が演じたい。これは、ハガネ自らが切望した大役だったのである。公演の日まで、他の仕事をこなしながらも、彼女はこの王妃のことで頭がいっぱいだった。この王妃をいかに捉え、いかになりきり、そしていかに、その声なき心の叫びに耳を傾けるか、四六時中この王妃をどう演じきるか、自分自身の心をどう反映させるかに、彼女は全力を尽くしたのだった。そして待ちに待った、初公演の日をむかえた。

アンケセナーメン王妃は夫、ツタンカーメン王と結婚し、とても暖かな愛情に包まれ、夫婦はとても幸せな日々をおくっていた。

(神よ、この平穏で素晴らしい日々が、永久に続きますように……..。)

しかし彼女の切実な願いもむなしく、ツタンカーメン王を快く思わない、王家と対立する者たちによって壮絶な権力争いの末、なんと悲しいことか、王は無残にも暗殺されてしまう。底知れぬ悲しみに打ちひしがれた王妃。王家から権力の座を、奪うことしか考えぬ者たちに愛する夫を奪われ、これまで夫と築き上げてきた絆を踏みにじられたのだった。その上この者たちは、自分の権力基盤を盤石なものにするために、夫ツタンカーメン王の存在じたいを消し去り、歴史の闇に葬り去ろうと画策したのであった。この瞬間、アンケセナーメン王妃は、確固たる覚悟を持って立ち上がった。

「私の夫が、この国の王として君臨した日々を、夫が傾けてくれた愛も築き上げてきた絆も、何者にも踏みにじらせない!」何が何でもこの私が、夫が生きた証を、この人類の歴史の上から絶対に葬りさらせない!絶対に守り抜いて見せる!」

ハガネはこのセリフに、並々ならぬ熱い思いを込めた。

(このセリフを言うまでは、私は絶対に、絶対に死ねない!)

彼女が演じるアンケセナーメン王妃の、ミュージカルのハイライトである。観客席からは、拍手喝采の嵐が沸き起こった。公演は大成功である。若き王妃の生涯最大の情熱と燃え滾る血潮が、この動かぬ強き決意に全て注がれ、多くの観客の心を感動に震わせたのだった。

ハガネが、この王妃に心から惹かれたのは、彼女の揺るがぬ、そしてこの上なく誇り高き決意によるものだった。どうしてこの王妃はこんなにも強く、これから自分自身に容赦なく、苛烈に襲い掛かってくる残酷な運命を前に、それでも最愛の男性のため、生き抜こうと立ち上がったのか?

(私は、たとえばZ4、あの男性のために、私はこんなにも全てを、場合によっては命を懸けて、立ち向かうことができるのだろうか?アンケセナーメン王妃、なんて女性なのか、私もせめて少しでも、彼女のそんな姿勢の一端でも、心にとめおきたいわ。)

そうして王妃は、敵対する者たちに懸命に抗い、この上ないほどにこの世で成しえる最高の形で、夫ツタンカーメン王を葬り、後の歴史に託した。その時副葬品として、王の亡骸とともに納められたのが、かの人類の至宝、”ツタンカーメン王の黄金のマスク”である。そして王妃が熟慮のすえ見出した最高の場所に、夫の遺体を埋葬したため、何千年もの月日が流れた一世紀前に、その王墓が発見されるまで、ツタンカーメン王は長きにわたる眠りについた。はるか何千年もの昔の話ゆえに、アンケセナーメン王妃がどんな最期をむかえたのか、はっきりと分かっておらず、彼女の墓、亡骸すら見つかっていない。

しかし、彼女たちに対立し牙をむいた者たちとの闘争の結果、どうなったかについては間違いなく、このアンケセナーメン王妃の、この夫妻の完全勝利である。それは歴史が明らかに証明している。なぜなら何千年もの遥かなる時を超えて、王妃の願いは実を結び、夫ツタンカーメン王は”世界一有名な王”として、我々人類の前にその名を知らしめた。この王は人類史が続く限り未来永劫、その記憶の中の燦然と輝く玉座に、この王妃の思いとともに永遠に君臨し続けるのだから。

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