G-75DH3GZ7WH SCARLETLOVESONG-暁の情熱 第九話 - 無料小説漫画 フルムーン

SCARLETLOVESONG-暁の情熱 第九話

SCARLET LOVESONG-暁の情熱

以前の話になるが、ハガネは鉄の女優、マリア=オルレアンと共演したことがある。そしてこれはある日の撮影終了後のことである。ハガネは監督と撮影スタッフに、もう一度だけ自分だけのシーンを取り直してほしいと、強く懇願した。ただスタッフとしては十分の出来で、彼女には明日以降も山のように仕事があると諭したのだが、

「次?この次なんて……私には無いかもしれないのに…….。」

と、自分の演技にどうしても納得いかず、何度も駆け寄った。そんな彼女とスタッフの間をとりもったのが、共演者のマリアだった。何十年にもわたり数々の映画に出演し、不動の地位を盤石にしていた大女優の彼女からしてもハガネは、テレビ銀幕舞台全てのステージで映える、美しい顔立ちとスラリとした最高のプロポーションを持ちあわせ、何より情熱を絶やさず不断の努力を続けられる、当代稀に見るスター性を持った女優なのである。それなのにハガネは、自分自身に決して妥協しない。否、どんなに自分を苛め抜いても、自分自身が認められないのだ。一人の女優としても人間としても、彼女に魅了されたファンは多く存在したし、マリアはもちろん、周りの人々もとっくに、彼女を十分に認めているのにも関わらず。マリアはそんなハガネを、撮影が始まって以来ずっと気にかけていたのだ。

「もうおよしなさい、ずいぶん長い時間休みもせず、もちろん食べてもいないでしょう。」

マリアの言う通り、ハガネはメジャーデビューして以来、まともに休んだり眠ったりしたことがない。もう心も身体も悲鳴をあげ切っていて、限界などとっくに超えていることも自分で分かっていた。しかしどうしても、彼女はマリアの言うことを聞くわけにはいかなかった。

「私には、どうしても私を見てほしい男性がいるんです!その男性にはなかなか会えなくて、おまけに彼は私など見ていない、見てるわけがないけれども、もし一瞬でも彼が私を見てくれることがあるなら、即ちその一瞬だけが勝負、最高の自分を演じなければ!この次なんか、私には無いかもしれないんです!!」

ハガネは今にも泣きそうな顔で必死に訴えた。そんな彼女にマリアは答えた。

「私は、あなたの最も美しい瞬間は、あたなの心からの微笑み、最高の笑顔だと思うわ。だってあなたの笑顔は、本当に素敵だもの、まるで”ひまわり”のように。ひまわりはね太陽の花だわ、どんな苦境にも負けない太陽の花、だからいつも笑顔でいなくちゃ、そしてその男性にこそ、その笑顔を惜しみなく向けてあげなきゃ。でも人は疲れていると笑顔になれない、だから今日はゆっくり休んで、明日からまた頑張りましょう。あなた自身のためにも、また、あなたの大切な男性のためにも。」

マリアの説得に、ハガネはもはや折れるしかなかった。そしてスタッフたちもだいぶ助かった。

いつも笑顔でいる素敵なひとがいる。でもそれは、決して楽しいことばかりがあるからではない。本当のところ、笑えないことの方が圧倒的に多いのだ。明日なんて全く見えない暗い夜の中で、冷たい風に吹かれ、心にたくさんの傷を抱えながらも、それでもその人は前を向き微笑みをたたえて、強く生きようとしている。マリア=オルレアン、間違いなく彼女もその一人なのだ。

人としての本当の強さとは、そして本当の美しさとは。それを考えてハガネは、ほんの少しだけ大人になれた気がした。

(ありがとう、マリアさん。)

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