トップエンターテイナーとして、ハガネは相変わらず忙しい日々をおくっていた。あの紅の夕陽以来、彼女はますます仕事に貪欲に取り組んでいた。とくに役者としての彼女は、とにかく妥協など一切許さず、そうまるで、その役一つに命をかけているといっていいほどの、執念を見せた。表現者として、とにかく”自分の最高峰”に挑んだ。彼女がいつしか”炎の女優”と言われるようになった由縁である。他に山のようにある仕事に忙殺されながらも、ハガネは役作りのためなら、寝ることも休むこともせず、時には食事制限をはじめ、数々の過剰で過酷な制限を自身に課した。
「ハガネ、もう監督も納得してるし、まる三日以上休んでないよ。」
マネージャーがさすがに見かねて、ドラマの撮影中に声をかけた。もちろん他の共演者たちに、極力迷惑がかからないタイミングでのことだったのだが、彼女のあまりにもハードな要求は、彼女自身を限りなく追い詰めた。それでも彼女は、自分の納得いかないものは絶対に認めない。
「お願いです、もう一度、もう一度だけこのシーンを撮り直させてください。どうしても、納得いかないんです!」
「でも、これ以上やると、下手したら本当に死んでしまうよ!次だってあるんだから。」
「次?次なんて、私には無いかもしれないのに!」
ハガネの認識では、撮影されるスクリーンの中で、まさに今演じるこの役柄は、全てが一発勝負なのである。この瞬間に最高のものが出来上がらなければ、次なんて絶対あり得ない、すなわち失敗など決して許されないのだ。もちろん表現者としてのプライドも、彼女は仕事の中で築き上げてきた。でもそれ以上に、Z4は、愛する男性は、いつ自分の出演番組や映画作品を見るのか?または全く見ないのか、皆目見当もつかない。それどころか、彼にいつまた会えるのかも分からない、それが普通なのである。そんな彼がもし万が一、スクリーンの中の自分を、一瞬でも見てくれることがあるのであれば、最高の自分を彼の目に焼き付けられるのは、その一瞬しかない、その一瞬が勝負だったのである。だから彼女にとっては、全てが命がけ、絶対に譲れないのだ。
(Z4、あなたに会いたい。)
そんなメールを送っても、相変わらず既読すらつかない。スルーされるたびに、わずかな期待も打ち砕かれ、氷のように冷たく鋭い破片が、彼女の心を切り裂いていく。
(おいで。)
しばらく経ってから、Z4から返事がきた。期待薄だっただけに、突然の彼からの返信に、ハガネは心躍らせた。超絶忙しいスケジュールの合間に、ほんのわずかな時間ではあるが、彼女は彼に会いに駆けつけた。
Z4に会った瞬間、嬉しいのと高鳴る胸のときめきと、それと相反するように言いようのない、激しい腹立たしさや怒りが溢れ出し、出会うなり無理やり、その全てをぶつけるよう彼女は彼を押し倒した。
「私はいったい、どれほど自分をいじめ抜けば、あなたに認めてもらえるの?私を見てくれるの?」
湧き上がる感情を、ありのままZ4にぶつけ終わると、ハガネの瞳から一筋の涙が頬を伝い、それが全てを浄化した。そしてそのまま、彼の唇にキスをする。どうも彼は、自分の左顔面、そして左半身に触れられるのを恐れ、嫌悪する。何かを隠そうとしているのか、だからとくにハガネは、そんな彼の左側により多くキスをする。
「いつか、あなたの本当の姿を見せてください。」
そう言い残し、彼女は再び”戦場”へと戻っていく。目指すは最高の自分、いつか愛しい男性に、自分だけを見てもらうために。